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もうひとこと:2010年8月号「人材活用 社長の手腕」」取材後記 青木製作所・青木常務の「もう一言」〜3Sのビギナーですけどよろしく! 「うちは戦前からある古い会社なので、僕らも知らないような荷物があちこちにあるんです。ほんとだったら床に置いてある荷物を全部上に上げて、床面を全部ペンキ塗ってきれいにしていけばいいんですけど、従業員が10人弱じゃなかなかできない。でも絶対にやりますよ。多少時間がかかっても少しずつ改善に向けてやっていきます。今はちょっと景気が悪くて仕事がないということもあって時間はたっぷりありますからね。でも何が出てくるんですかね。なにしろ兄も僕も、一度も開けたことがないんですから。楽しみでもあり怖くもありですね(笑)。また、これも3Sの取り組みの一つなんですが、使い終わった道具は必ず元あった場所に戻すようにしたんです。ちゃんとしている会社からすれば当たり前でしょうけど、実はこれ、なかなかできなかったところなんです。職人って、自分で道具を抱え込む傾向があって、あまり他人に貸したがらないんですね。逆にいうと、10名の職人がいれば道具は10人分いるわけですから経費がかかってしょうがないんです。それを今回改めて、誰もが使いたいときに使えるようにきちんと整理し道具の種類もリストラしました。もちろん使い終わったらちゃんと戻すことも徹底して。そうすると面白いもので、モノを大切にするようになるんです。以前はスパナでもモンキーでもそこらへんに放っておいたのに。中途入社の人にしても使う道具が一目で分かるので教える手間も省けますしね。いいですよ3S(笑)」 もうひとこと:2010年7月号「人材活用 社長の手腕」」取材後記 タニサケ・松岡浩会長の「もう一言」〜教育の前提は社員を喜ばすことにあり! 「私はよく『社員の喜びと会社の利益は比例する』と言ってますが、要するに、社員というのは喜んで出社してきたらちゃんと知恵出して頑張ってくれます。だから会社は儲かるようになる。そこに人材育成の一番のポイントがあるんです。だったらトップは社員が喜ぶことをすればいい。私はずっとそれをやり続けてきたんです。じゃあ、真の喜びの出社は何かというと、それは『社員が会社に歴史を残したときに初めて真の喜びが発生してくる』ということですね。会社に歴史を残すということは存在感ということです。いま現場はこうだけどこうした方がいいということに関して提案したことが、それが形として残るとそれは会社に歴史を残したことになる。そうすると、私はこの会社にいてもいいんだという存在感につながる。もっと言うとそれは社員の自信につながるということです。もっともっと言うと、社員の自信は笑顔にもつながります。要は人生と一緒で、他の人を喜ばせた時に初めて自分の歓びがあるんじゃないかな。その辺だと思う。だから上に立つ人には徳がないといけないでしょうね。『徳は自己犠牲に比例する』と。徳を高めようと思ったら、自分の時間を社員の喜びのために使い切る。自分がどれだけ人様のために自分の時間やお金を使ったかどうか。社長だからって外車を乗り回し、いい洋服を着ているというのでは説得力がないような気がします(笑)」 もうひとこと:2010年6月号「人材活用 社長の手腕」取材後記 吉寿屋・神吉武司会長の「もう一言」〜これが“わが社の法律”です! 「なんだかんだ言ってますが、私は別に難しいことは何もしてないんですよ。当たり前のことを全員でしているだけ。ボールペンにしてもそう。必要な分だけ机に入れていれば仕事はできるんです。従業員だけでなく、お客さんもうちの会社に来たら自分の傘に名札を付けて管理してもらってますが、それも当たり前。『当社の法律』なんです。法律だから、それを創業以来ずっと守り続けているということですね。逆に言ったら、法律を守れない人には辞めてもらいます。その人がどんなに成績が良くても辞めてもらいます。その人に合う会社は世の中になんぼでもありますからそっちへ行ったらいいんです。トイレ掃除でもみんな本当によくやっています。もちろん交代制でね。倉庫の掃除も毎日やるのが当たり前。ゴミ一つ落ちていないのが普通なんです。そんなふうに、あえて決まりを作ることは重要です。きついように思いますけど慣れたらどうってことはないです。毎日毎日、整理・整頓・掃除をしているからうちの会社の空気はきれいです。思いっきり吸っていってください(笑)。空気がきれいになると正常なものの考え方ができます。正常なものの考え方ができると正常な仕事ができます。正常な仕事ができると業績は上がってきます。これは本当のことで、私の信念ですね。それがあれば、適正な利潤が確保でき、適正な教育ができるようになるという話です。どうでっか? おもろいでしょ(笑)」 もうひとこと:2010年4月号「人材活用 社長の手腕」取材後記 日本電鍍工業・伊藤麻美社長の「もう一言」〜従業員から見た社長のイメージについて 「最初のうちは不安だったらしいですね、やっぱり。今でも“甘いよ”って言われる時もありますから(笑)。というのは、あまり私は怒らないんです。年に2回ぐらいですかね、怒るとしたら。それもよっぽどの時。なんで怒らないかっていうと、怒って良い結果に結びつくんだったらいいですが、怒っても相手が理解してなければ、そのムダなエネルギーを使っただけになるのがつらいからですかね。だからまずは理解してもらえるように話すことが基本です。子供じゃないですから。小さい子なら声の迫力で納得させることはできますが。大人になったらやっぱり、理解したかしないかってことになるので。ルール作りに関してもそうですね。あまりがちがちには作りたくないんです。私がルールを決めるんじゃなくて、『私は最近こういうことがおかしいと思うけど皆さんはどうですか?』って話をすることから始めます。で、1ヵ月以内にある程度ルール化するのかしないのかを皆さんで決めてほしいと。けっこうそれでうまくいってるんです。もっと怒らなきゃダメですかね?(笑)」 もうひとこと:2010年4月号「人材活用 社長の手腕」取材後記 樹研工業・松浦元男社長の「もう一言」 「うちの会社のベテラン連中は自分の仕事に自信を持っているから、若い者にビシビシ言ってくれますが、日本の国で今一番足らないそれでしょ。例の朝青龍のことだって日本相撲協会の指導者連中がだらしなさすぎますよ。あんなもの僕に言わせれば即刻解雇ですよ。何を遠慮しているんですかって。過去の功績なんか関係ありません。彼を解雇することによって相撲界がマイナスになるなんてことはどうでもいい。ダメなものはダメ。今回のバンクーバーオリンピックでもだらしのない服装をして謝っていた若者がいたけど、ああいう場合も即刻出場停止でしょう、普通は。そういうことをビシッとやらなきゃ。マスコミも甘いです。政治家もそうでしょ。それと政治家の資金問題の件も頭にくる。親から数億円のお金をもらっておいて「知らなかった」っていう総理もおかしい。僕らがそれをやっていたら税務署から指摘されますからね、脱税で。これが日本中にある。ダメなものはダメということが社会的に必要です。それは一般の会社も同じで、社長の経費の使い方なんてまさにそう。いくら自分の会社だからって、好き勝手に使っていいなんてことはあり得ません。会社は働く皆のものなんですから、誰かが注意しないとね(笑)」 もうひとこと:2010年2月号「スーパーシニアな人」取材後記 河村さん曰く「商社マンから大学教授になって、何が驚いたかといえば会議ですね。そもそも会社の役員会とか会議というのは、何か目的があってやるもので、何かしらの結論を出して次の行動に向かうための、ある種の指針みたいなものなんです。ところが大学の会議というのは、ただの弁論大会みたいなもので、とにかく自分が主張するだけ主張してどうしてもだめだったらタコつぼに入って知らん顔をしてればいいっていう感じで始末に負えないんですよ(笑)。これにはほとほと参りましたね。これが本当のカルチャーショックだと思いました。もちろん今では笑い話ですけれど。当時は本当に腹がたって腹がたって仕方がありませんでした(笑)」 もうひとこと:2009年12月号「スーパーシニアな人」取材後記 武道家・大塚博紀さんのとっておきの一言 「武道には負けた相手のことを思い遣る精神がなければいけません。だから空手の試合でガッツポーズをする選手がいたら僕は厳しく諫めてからこう言います。『優勝した人は負けた人の悔しさ悲しさ、寂しさ、そういうものを分かってあげられる人間になりなさい』と。たとえ金メダルをとったって、何年かすればオリンピックの選手だって人々の記憶から忘れられちゃいますからね。本当に大切なのは人生の金メダルを取ることなんですよ。 子供達に心はいくつ持っている? と聞くと、たいていは『一つ』と答えます。心は一つだけれども、人の心には善の心と悪の心があるから二つなんだよと教えてあげるとキョトンとしてますよ(笑)。可愛いですね。空手もそれと同じ。思い遣りの気持ちを持った素晴らしい未来の人材が空手の道場から次々と飛び出して行ってもらいたいですね」 もうひとこと:2009年10月号「旬これスーパーシニア」取材後記 世の中には「曲がったことが大嫌い!」という人がいる。私もできればそうでありたいと常々思っているが、本音と建前じゃないけれど、「イザ!」という時になると自分の意見をコロコロと使い分けたりしてしまう。情けないことだ。一方、ジャーナリストであり、今は縁あって文化女子大学附属杉並中・高等学校の校長先生を務める野原明氏は正真正銘筋金入りの直球派だ。ちなみに先生は酒を飲まない。飲んで本音を語り合おうなんていうタイプではなく、真っ昼間に渋茶を飲みながら、時には机を叩きながら、堂々と議論を戦わせるのである。腹を割ってとことん話し合うから信頼関係が生まれて“野原ファン”も次々と登場する。北海道を舞台にした炭鉱労働問題のときも、旧国鉄時代の不透明なストライキの時も、とっておきのニュースはいつも誰よりも先に野原氏のところに届いたという。周囲の記者はいつも不思議がっていたそうだ。「記者クラブで発表された内容だけで記事をまとめ、一流のジャーナリズムを気取っているような人間は信用できない」。夢見る少女たちに囲まれて好々爺を演出しているように見えても、もう一勝負したいと第三の人生を描き続けるダンディズム。“文大杉並”に可愛い娘を入れたいと願う親は、実は母親よりも父親のほうが多いというのも頷ける。野原明氏の旬よ、いつまでも!。 |